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最新の予定

「T-over人権教育研究所・人権こども塾」これからの予定です。

参加をご希望の方はご連絡ください。

私どもが伝えられる機会も残り僅かとなってきました。思いを同じくする方々、これからの時代を担う若い皆さんの参加をお待ちしています。

 

【2026年5月】

■5月14日(木)~15日(金) 国連NGO横浜国際人権センター「全国交流会2026inびわこ」 滋賀県近江八幡市

■5月17日(日) 人権こども塾第2講「再審法改正・狭山事件から学ぶ」13:30~16:30 あわ共同法律事務所または徳島県教育会館

■5月31日(日) 人権こども塾第3講「バトンを未来へ・クルーと塾生の交流会」13:30~16:30 徳島県教育会館

■5月下旬 国連NGO横浜国際人権センター月刊誌 「語るかたるトーク」 発刊

 

【2026年6月】

■6月13日(土)~14日(日) 狭山事件現地調査参加 埼玉県狭山市

■6月21日(日) 人権こども塾第4講「ゴミゼロへの挑戦・上勝から世界へ」13:30~17:30 ゼロ・ウェイストセンターWHY(上勝町)

■6月下旬 国連NGO横浜国際人権センター月刊誌 「語るかたるトーク」 発刊

 

【2026年7月】

■7月12日(日) 人権こども塾第5講「みんなでTalk over」13:30~16:30 徳島県教育会館

■7月19~20日(日月祝) 人権こども塾第6講「夏の一泊研修」終日 豊島のこころ資料館他(香川県豊島)

■7月下旬 国連NGO横浜国際人権センター月刊誌 「語るかたるトーク」 発刊

 

【2026年8月】

■8月6日(木) 人権こども塾特別②「広島平和記念式典」終日 広島平和記念資料館他(広島市)

■8月10日(月) 人権こども塾第7講「鳴門市人権地域フォーラム」13:00~16:00 鳴門市役所

■8月23日(日) 人権こども塾特別③「三観地区人権について語り合う交流集会」終日 三豊市市民交流センター(香川県三豊市)

■8月下旬 国連NGO横浜国際人権センター月刊誌 「語るかたるトーク」 発刊

2026年05月12日

個展再開🍃5/14まで❣

5月1日から再開されたさのはるかさんの個展に行ってきました。

 

場所は東新町の入り口に新しくできた阿波銀行内。真新しい、格式高そうな建物内に、これまでの作品が所狭しと展示されていました。それがあたかも、景色の一つでもあるかのように。

その一角に、我が「T-over人権こども塾数学教室」の看板も。

 

さのさんから、展示しましたとの連絡があったのですが、面白い話が一つ。

阿波銀行内の警備員さんが、「この人と同姓同名の人物を知っている」と言っていた、と。…だれ?

本当に不思議なものです。どこで誰が見ているか分からない。でも、本当にありがたいこと。覚えていてくださって、ありがとう。

毎日毎日、手探りを続けている最中です。初夏の陽気が心地よくなってきました。西新町の再開発を見ていると、どんな新しい風景になるのか、少しウキウキした気分になります。新町川沿いも気持ちよく歩けます。

足を延ばして、阿波おどり会館の焼き餅も、いつに増して美味しく食べられそうな気がします。

 

皆さんも個展、どうですか? 14日(木)までです。来場の際は、良ければ記帳にひと言メッセージを書いてみてください。

T-over人権教育研究所・人権こども塾「数学教室」の看板を描いてくださった、イラストレーターさのはるかさんの個展「聴いて∞描いたイラスト展」に行ってきました。

場所はさのさんの母校、鳴門市旧北灘西小学校。今は廃校になり、グラウンドはTODAベリーファームとしていちごハウス農園になっていて、校舎は地域の方々に開放されているようでした。

手洗い場が可愛い!蛇口もハンドソープ入れも!

他にもいくつかの教室は、資料室やランチルームなどに活用されているようでした。

昇りやすい浅い段差を2階に上がったところに、個展会場があるのですが、その前に、ありました!「人権こども塾数学教室」

私の話をていねいに聴いてくださって、それを作品として形にする作業。本当に大変ではないかと思います。

それでも大切にしてきたワードを大切に書き込み、絵にしていく。

自分のルーツについて家族や私たちと語り合った子たち。

自分が認められる場所という安心感。

人権学習で自分を表現し、ひとりじゃない!と実感できた瞬間。

考え方が違ってもおかしくなんかない!

知って違いが分かり、知ることの大切さに気づけた。

人に話すことで、人の話を聴くことで、人と関わることが好きになった。

話し合うっておもしろい!

私たちが大切にしてきた言葉たちであり、思いです。

そのまま個展会場に入ると……圧巻!桜🌸ですよ!きれいに満開に咲いた桜!校舎の陰に隠れて一般の人には見えない、子どもたちだけの独占の絶景です!

この日はあいにくの雨で、前日の30度近かったお天気に比べると肌寒かったのですが、それでも圧巻!でした。野生のお猿さんも花見に来ていました(笑)。

他の作品についても、その制作過程について伺っていくと、やっぱりそれぞれに「人がいる」んだなと思わせられました。

こんな作品たちも生成AIで作れてしまうのかなと、さのさんに質問もしたのですが、そううまくはできなのだそうです。やはりそこに人の思いがあって、それをどう形作っていくかは、人と人とのやりとりや思いがあって、はじめて形になっていくのだそうです。

途中、TODAベリーファームさんのいちごスイーツもみんなでいただきながら、ほっこりする時間を過ごすことができました。

個展期間はこの週末までで、満開の桜が見られるのもそれくらいまでですが、いちご狩りやイチゴスイーツはいつでも食べられるようです。皆さんもどうですか?

4/5を過ぎれば、次は阿波銀行(東新町)で、GW期間中(5/1~5/14)に開催されるようです。せっかくですから、その企業や団体の思いを直接うかがってみてはどうでしょう? 世の中捨てたもんじゃない! 見方が全然違ってきますよ。そしてついでに、私たちの看板も!

2026年05月02日

今月の1冊

本の苦手な私が読めた(書いた)本を、毎月1冊紹介するコーナーです。

主には人権に関わりがある本ですが、読みやすい本です。

よければ手に取って扉を開いてみてください。読み終わればまた翌月。

2026年05月01日

退職いたしました

3月31日をもちまして、私吉成は38年の教員人生に幕を降ろしました。

ということで、12年勤めた板野中学校時代の子どもたちがお祝いの席を設けてくれたので、遅ればせながらレポートします。

 

4月4日、板野中勤務時代初期の5世代や、当時の先生方が集まってくれました。

各世代ごとの自己紹介や話から始まっていきます。暗くなった夕方、体育館裏に中3生5人に呼び出されたときの話も…(笑)。若いって素晴らしい!

遠いところから泊をしてまで来てくださったり、私よりも年上でも現場で踏ん張っていたり、今年から校長先生に就任したりとそれぞれで、もはや何の会か分かりません。(笑)

飲み会も中盤にさしかかり、私も時間をいただきました。

とにかく世界を変えたい、日本を変えたい、教育を変えたいということ。

連続12年板野中で勤めたあと、13年勤めた応神中で育まれた、人のつながりを大事にしてくれる親子たちとの出会い。

たった1年の勤めにもかかわらず、今も幼子を連れて訪ねてくれる地元城西中の子たちとの出会い。

大学院で2年間、「全体学習・みんなで語り合う人権学習」についての有効性と手法について研究論文としてまとめている最中、元板野中生から送られてきた当時の貴重な思い。

8年勤めた八万中で、唯一継続して3年間取り組むことのできた子どもが言った、「人権学習は人と関わることが好きになる学習」。

そしてどこにいても、やろうとすると湧き起こる抵抗・ブレーキ・ストップ。それとの闘い。

 

前年の鳴門市人権地域フォーラムでのHさんの発言も見てもらいました。当時を思い出してもらうためにも、現在地を知ってもらうためにも。周りに人権学習はなくなっても、人権侵害はあり続けているということを。

そしてつい先日、Hさんが、夫婦そろって退職祝いに来てくださったことも報告できました。まだまだ立ち止まってなんかいられません。

 

気に入らないことがあると、すぐにディスる現代社会。ではなくて、対話することを諦めない体験を、この若いうちにしておくことの大切さ。年を重ねてからではなかなか取り返せない体験をしていたんだということ。

最後に、辞書の話をして終えました。

辞書の初めから最後まではなかなか読めない。人を知るということは、辞書の1ペーを読むようなもの。閉じて、また別のページ。閉じて、また別のページ。人を知るということはそういうもので、それを繰り返すうちに、手あかのついたよれよれの辞書そのものを愛おしく思う。読んでないページすら愛おしく思える。それは、人そのものを愛おしく思えるようなものでないかと。スマホの検索ではそうは思えないかもしれない。そこに何があるのか。捨てられない、放っておけない、裏切れない、そういった感情が在るから、愛おしさが生まれるのではないかと。それは別に、劇として演じるとか、当事者と出会うとか、体験的に学ぶとかでもいいのですが、とにかく「人を深く知る」ということを繰り返してきたのだと。だからあのときの体験は、今につながる重要な意味があったのだと思う、と話をさせていただきました。

数学教室に改装して思うことがありました。時計がない。

買おうかなと思っていたのですが、なぜか心がブレーキをかけていました。待て!と。この日まで待て、と。

不思議なものですね。プレゼントの箱を開けると、時計でした。木製のかわいらしい手作り時計。これを以心伝心というのでしょか。それが、HPに新たに加わった時計の画像です。その時計が、新たに時を刻み始めます。

私は自分のことを、バカで良かったなーと思っています。バカででもなければ、私はここまで続けてこられなかっただろうし、退職してまでも活動を続けようとは思わなかったのではないかと思うのです。

これまで何度も挫けそうというか、挫けたときがありました。本当に何度も何度も。。。ひとりで夜中に車を走らせたり、ひとりで自転車で走ったり、ひとりで山に登ったり。。。もう何もかも放り出してどこかに行ってしまえたら、と思うことも何度もありました。人は追いやられてしまうと、逃げ場所を求めるのだと思います。そういうものです。

それでも私は時間がたつと、戻ってきてしまうのです。もと居たところに。自分の原点に。そして考えるのです。どうしてやろうか……と。(笑) 少し賢ければ、そんなふうにはならないのかもしれません。でも私はバカだから、嫌なことは忘れるんですね。そして、自分の生きる道を探り始める。何度も繰り返してるのだから、少しは学習すればいいのですが、それができない。バカで良かったなーとつくづく思います。不幸なのは、それに付き合わされる側です。災難です。本当にごめんなさい、みなさん!m(__)m

先日、知り合いの教員から連絡がありました。今は何をしてるんですか?と。何もしてないよ、と送ると、じゃあ教職員研修と子どもへの講演を!と。ありがたいことです。

今後は数学教室や人権こども塾もありますが、呼ばれれば可能な限りどこにでも、研修会や講演会に出向けたらと思います。今の教育や社会の問題点について。明かされてない差別の現実について。そして、伝え合うこと、語り合うこと、対話すること、本当の意味で人と人がつながるということ、そこから生まれる主体性が学力も上げるということ、それがいじめや不登校を限りなくゼロに近づけるということ、語り合う人権学習のもつ可能性、人間のもつ無限の可能性について。

人間とは欲な生き物です。会いたい子たちはまだまだいます。板野中後期の子たち、応神中の子たち、八万中の子たち…はまだ早いかな。でも、あの子はどうしてるかな、あの子はどうだろう、いろんな顔が思い浮かびます。

 

翌日に電話がかかってきました。この会には来られてなかった子ですが、他の仲間も呼んで飲みに行きましょう!と。また楽しみが増えました。

でもそこでは必ずと言っていいくらい、部落問題、人権問題、教育問題が激論され、みんなが秘めていた思いが語られていくのです。そして、それぞれの現在地を知り、私はまた愕然とするのです。この日も、終わりが朝4時になったのはそのためです。

 

最後に、ここに集まる子たちが、こぞって人権こども塾へのカンパを差し出してくれました。私はこの子たちにつながる子たちを創り出していきたい。そして、いつか出会わせてみたい。そう思います。

どうやら退職しても終わりではないようです。(笑)

退職について、お花を贈ってくださったまみちゃん、ちよさん、せいくん夫妻。お祝いに駆けつけてくださったひろみちゃん夫妻。また心のこもったメッセージをくださった皆さん。この場をお借りして最大のお礼を申しあげます。本当にありがとうございました。

新たなスタートであり、頑張れとムチ打たれているようなので、まだまだやります!こんなところでは立ち止まってなんかいられませんからね!

これからもどうぞよろしくお願いします!m(__)m

2026年04月08日

石川さん 届け!思い!

もうすぐ3月11日が来ます。

東日本大震災が起きて15年ですが、3月11日にもう一つの意味ができました。

石川一雄さんが亡くなって、まもなく1年。

長いようで、あっという間の追悼の1年でした。

この1月、早智子さんから、この本をいただきました。

一雄さんが生前に詠んだ短歌40首。

どの短歌も、胸に迫ってきます。特に獄中で詠んだ短歌。

人が日常から引きはがされ隔絶されると、どんな毎日になるのか。

想像しようとしてもしきれない「片隅」が視界に入ってきます。

読んでいて胸が苦しくなりますが、それが事実なのでしょう。

今回、この機会に人権こども塾生に「石川一雄 短歌に託して」を読んでもらうことにしました。

そして励ましと連帯の意味を込めて、早智子さんにお手紙を書いて送ることにしました。

現状、身の周りに狭山事件のことを知る若者はいません。一雄さんや早智子さんのことが話せる中高生はいません。ですから私にとってこの中高生は、本当にかけがえのない未来への宝物です。

狭山事件を通じて早智子さんを身近に感じてもらい、遠くのことではなく、昔のことでもなく、今のこととして思いを分かち合い、共に歩み闘いたいと思います。

一人より二人、二人より三人、です。

大切なものは、「仲間の存在」です。

2026年03月07日

2025鳴門市人権地域フォーラム全記録公開!

昨年の夏に開かれた、「2025年鳴門市人権地域フォーラム」の記録ができあがりました!

共同代表である森口健司の進行のもと、私や元板野中生徒の教え子たち、また参会した県内外の方々の言葉が溢れています。

全6編(PDF)です。こちら から、どうぞご覧になってください。

2026年02月05日

聴いてきました 石川早智子さんの想い

1月29日(木)、県内で開かれた集会にあわせて開かれた「狭山事件を考える徳島の会」総会に参加してきました。以前は毎年、石川一雄さんと早智子さんが二人揃って参加されていたのですが、新型コロナ禍以降、体調に万全を期すため来徳されていませんでした。そして今回、残念ながら早智子さんだけの帰徳となりました。

早智子さんが会の冒頭、思いを込めて話し始めます。

「他では了解を得てから一雄さんの遺影を立てるのですが、ここでは何も言わず立たせてもらいます」

舞台のそばの机には、一雄さんの遺影。

31年7カ月の獄中生活。釈放されたのは56歳。苦しいはずであった人生を一雄さんは、「苦しかったけど、無駄な時間ではなかった」と言っていたと言います。それは獄中にもかかわらず、文字などいろんなことを学び、いろんな人と出会い、支援してくれる人がいたからだそうです。

だから彼は、とても明るく、よく笑っていた。周りが楽しくなったと。そして徳島が大好きだったとも。仮釈放後、徳島でした海水浴、剣山登山、BBQ、潮干狩り、その思い出のすべてが宝物だったと。

昨年3月11日10時31分、一雄さんは86歳で天国に旅立ちました。実に62年間の闘いでした。

早智子さんは言います。「一雄さんが亡くなったこの日この時刻は、1審で死刑判決が出された「3.11」、2審で無期懲役刑が出された「10.31」と重なる。これは一雄さんが、「忘れないで」との意思を込めて亡くなったメッセージではないか」と。

亡くなったあとすぐの4月4日、早智子さんが申立人となり、第4次再審を請求しました。これは今の再審法が、再審請求は親か直系の兄弟、妻子しかできないからです。ということは、一雄さんにとって早智子さんしかいない今、本当に最後の闘いでもあります。

とはいっても、袴田事件でも再審開始から判決まで10年かかりました。この時間はあまりにも長い。長すぎる。それは早智子さんの年齢を考えると、本当に厳しい。裁判所は直ちに「証人尋問を行う」こと。検察は「出された判決に決して文句を言わない」こと。そのためにも、再審法が改正されることがどうしても必要です。今回の選挙は、そのための選挙ともいえます。

亡くなる直前に詠んだ歌。「次の世も生まれし我は此のムラに 兄弟姉妹と差別根絶」 無罪になった暁には記念碑を立て、この歌を刻みたいとも。

毎年企画している埼玉への狭山現地調査を、今年は6月13日(土)に行います。マイクロバスを貸し切り、仲間内だけでの行程になりますが、皆さんもご一緒にいかがでしょう。早智子さんへの励ましや、自身の学び直しも込めて。

会が始まる前、早智子さんがそっと、座る私のところに置いてくれました。昨年10月31日に出版された「石川一雄 短歌に託して」。これから読んでみようと思います。。。合掌

 

 

2026年01月30日

2026年スタート!

「差別、戦争、環境汚染とは、人間が持つマイナス欲に金(経済)という価値観を持ち込んだ政治的産物」

最近考えていることです。とはいえ多様性の時代。これも多様性の一つとして認めざるを得ないならば、その方向に社会的に偏りすぎていることが大きな問題です。そこに問題性があるならば、バランスをとるため、これとは異なる価値観軸が必要です。今、私が志向しているのはその方向です。

しかし現在の方向性は、長年かけて政治的に作り上げられた価値観です。容易に変えることはできません。しかしこのままでは、この国も、もしかすると人類も、破滅するしかないかもしれません。ここはそうならないための学びの場です。

「ない道はつくれ」

おこがましいながら、私の実感です。同じような思いを抱いて突き進んできた人は、これまでにもたくさんいたでしょう。道なき道を歩いたあとに、新たな道はできていくのだと思います。

 

「人権とは?」 よくある問いです。あなたはどう答えるでしょう。私もずっと考え続けてきましたし、調べもしました。辞書やネットなどに出てくるものを片っ端から読みもしました。でも、難しかったり、ピンとこなかったり。どれもしっくりこないのです。そこで参考にしているのが、杉藤会長(横浜国際人権センター)がおっしゃった言葉。

「人権とは、生命と幸せを守り大切にすること」

「本当にそうだろうか?」と、いろんな場面に当てはめるのですが、どれもしっくりくるのです。よく政治家は「国民の生命と財産を守る」と、口を揃えたように言います。よく似てます。「生命」は同じです。でも、「幸せ」と「財産」が違います。たった一つの違いですが、これが意外と、本当に大きいのです。

幸せの価値観は、人それぞれ違います。極端なことを言えば、人を傷つけることが幸せな人もいるかもしれません。その人のその価値観を守ることも人権かといえば、生命が守られてないから、それは人権とは言えません。じゃあ自分を傷つけることは許されるのかといえば、それも自分の生命が守られてないから、やはり人権とは言えません。

自他の生命と多様な幸せの価値観、その両方が大切に守られることが人権だというのです。

 

最近、「暗闇っていいな」と思うようになってきました。一見、暗闇と言えば、悪者のイメージが強いですが、明るいだけもどうかと思います。明るさの中で、明るさは感じられません。暗さがあるからこそ、明るさは感じられるのです。明るさは必要であり大切です。でも、だからといって、暗さは疎まれる存在ではないのです。

「そこに希望があれば、暗闇は怖くない」

希望が見えない暗闇だけの世界は怖いし、明るさばかりで陰のない世界は心もとないものです。闇から目を背けるのではなく、内なる闇としっかり向き合いつつ、希望を失うことのない人間になれればと思います。

 

今年、人権こども塾のある場面で、「ボクらは見えない糸でつながっている」と感じたことがありました。それは、「想いはここに置いてある」ということが実感できた瞬間でもありました。私には、そんなにたくさんのお金も、世間に認められるような地位や名誉もありません。ただ、発した言葉や思いが誰かの心の中に残るのなら、それが金や地位や名誉に勝る、自分の求めていたことかと思います。

 

人権こども塾は今春で5年めを迎えることになります。さらにパワーアップする気もしますし、しぼんでしまう気もします。人権に力を入れない今の教育の現状を思うとき、関心のある中高生が育っていないと感じるからです。やはり、教育です。肝心なのは教育のあり様です。

今年のT-over人権教育研究所・人権こども塾の活動計画です。

1.「人権こども塾5期生」の募集・開催
現4期生、2025年度生の期間も残り3カ月となりました。新規5期生、2026年度生の募集を始めます。今年も異次元の、何刀流もの、人権に根差した中高生を育てていきたいと思います。もちろん夏の一泊研修もします。秋の人権文化祭も復活です!

2.「T-over人権こども塾数学教室」の開設
いよいよ数学教室の開設です。といっても、生徒が来なくては開店休業。数学を学びながら、人権について学ぶ小中高生を育てていきたいと思います。なお塾生は、教室を無償で自由に利用できますので、どうぞご活用ください。

3.「鳴門市人権地域フォーラム」へのかかわり
昨年もそうでしたが、立場や年月を超えた出会いや学び合いがありました。様々な立場の大人同士が、大人とこども塾生が、共に学び合える貴重な場にしていければと思います。

4.国連NGO横浜国際人権センター月刊誌「語るかたるトーク」への寄稿
今年も、この1年の出来事やその時々の思いを記録として残していきながら、全国の多くの仲間に発信していきたいと思います。

5.「みんなで語り合う人権学習」の実践と啓発
私たちの基本理念です。様々な人権課題について「自分を語る」ことに、どれだけの可能性が秘められているか。これからもチャレンジしていきたいと思います。

6.「ライフ・ツーリズム」の開発と推進
瀬戸内を中心とした、人権にまつわる各所を巡る旅のネットワークを拡げていきたいと思います。みなさんも一緒に旅しませんか?

 

人権をベースにつながった多くの仲間と、おもしろいこと、楽しいことを共に分かち合える1年に、今年もできればと思います。立場を越えていつまでも!
本年も、どうぞよろしくお願いします。m(_ _)m

 

 

2026年01月01日

神戸の旅 2025.12.22

12月22日(月)、前日の結婚式の翌日、せっかくの機会にと、気になっていた神戸の3か所をめぐりました。

一つめは、神戸港震災メモリアルパーク。30年前の阪神淡路大震災のときに被災した港の一部を現存保存しているところです。

うちの両親も、直後に現地に来たとき、船が港に着岸できなかったと言っていました。

M7.3、死者6434人。詳しい様々な数が、この裏面に記されています。

これらの碑のすぐ海側にあるのが、これらの保存施設です。

2年前の能登半島地震では、海岸線が大きく隆起しました。地震とはそういうものなのだと思います。人工物の脆さではありますが、自然の力とはそういうものなのだと思います。

ちなみに、今回私が泊したのは、この左奥の山のようなホテルでした。

 

そして気になっていた場所の二つめは、歩いて5分くらいのところにある「戦没した船と海員の資料館」です。ちょっとここはビックリでした。というか、衝撃でした。今まで自分があまり認識できてなかったということに。

ここは、軍艦や戦艦といった船ではなく、戦争とは全く無縁だった商船や客船などの民間船が、国家総動員法によって国に接収され、船員とともに戦場に散った船や船員を弔う資料館です。

館内には、それこそ無数の船の絵や写真が飾られていました。それはまるで、船を「物」として見るのではなく、「遺影」として見るかのようでした。実際、展示書類には、船のことを「彼女たち」と表現しているものもあり、船乗りの、夫婦のような、家族のような、家のような絆が感じられました。

対馬丸についての展示もありました。今年特にトピックスのようなっていましたが、実は敵の潜水艦や飛行機によって沈められた船は、小型の船を含めて7,000隻以上もあり、対馬丸ものそのうちの1隻だったわけです。

沈没した船とともに戦死した乗組員は60,000人以上。そのうち14歳の若年船員は1,000人近いそうです。中2くらいの若者が、たかだか2~3カ月の訓練で、戦場に向かったというのです。この事実は、今の今まで知りませんでした。しかも彼らは兵隊ではありませんから軍事訓練を受けずして、船乗りというだけで戦地に送られています。そんなバカな話はありません。

そんな人たちや船は、今も海に眠ったままです。同じ海の仲間であるという仲間意識からか調査が行われ、遺骨の写真も撮られていました。

海軍が徴傭した船には漁船もありました。商船や客船では戦うことはできませんが、それは漁船も同じです。しかも小型です。それで何をしろというのか、と激しく憤りが込みあげます。

「私たちは船乗りであり、海を愛し、船を愛す人間であって、人殺しのために船乗りになったのではない」

激しく強い言葉に、無念さを感じます。

海はロマンです。夢であり、希望であり、未来です。そんな思いや憧れをもち、船乗りになった人も多くいたのではないでしょうか。船乗りでなくても、海にはロマンがあります。それを挫く戦争。散っていった無念の若い命。そんな事実はあまり知られていません。これはもっと知るべき事実です。強く強くそう感じました。

 

気になっていた場所の三つめは、そこから歩いて10分くらいの東遊園地にある、「1.17希望の灯り」に隣接する「慰霊と復興のモニュメント」です。

6,434人の方々があの震災で亡くなったのですが、そのうちの一人は、私の親戚の者です。被災した方の名前全員が刻まれているという話は聞いていましたが、確認したことはありませんでした。今回初めて訪れ、確かめることができました。思わず手を合わせ、今までの非礼を詫びました。

長い間ご無沙汰をして、申し訳ありませんでした。

今回結婚した教え子が中学生のとき、「私はお母さんのお腹にいたとき、あの地震の前日に神戸のホテルにいた」と発言したことを覚えています。そして翌日、そのホテルは倒壊。「もし1日違えば、私はここにこうしていなかった」と。

その子が30年の歳月を経て、神戸で結婚式を挙げるとは、何とも不思議な縁です。

にしても、幸せのおすそ分けをいただいたような、本当にステキな結婚式でした。感無量。。。

やはり「幸せ」であることです。笑顔であることです。そのためにも、それを阻害する差別や戦争などの人権侵害を根絶する取組は必要不可欠です。

神戸の街は、クリスマスでずいぶんと賑わっていました。そんな街を楽しみながら、こういった場所を訪れてみるのもいいのではないでしょうか。

この冬休みにいかがですか。特に1月17日に向けて神戸の街、いかがでしょうか。

2025年12月23日