退職いたしました

3月31日をもちまして、私吉成は38年の教員人生に幕を降ろしました。

ということで、12年勤めた板野中学校時代の子どもたちがお祝いの席を設けてくれたので、遅ればせながらレポートします。

 

4月4日、板野中勤務時代初期の5世代や、当時の先生方が集まってくれました。

各世代ごとの自己紹介や話から始まっていきます。暗くなった夕方、体育館裏に中3生5人に呼び出されたときの話も…(笑)。若いって素晴らしい!

遠いところから泊をしてまで来てくださったり、私よりも年上でも現場で踏ん張っていたり、今年から校長先生に就任したりとそれぞれで、もはや何の会か分かりません。(笑)

飲み会も中盤にさしかかり、私も時間をいただきました。

とにかく世界を変えたい、日本を変えたい、教育を変えたいということ。

連続12年板野中で勤めたあと、13年勤めた応神中で育まれた、人のつながりを大事にしてくれる親子たちとの出会い。

たった1年の勤めにもかかわらず、今も幼子を連れて訪ねてくれる地元城西中の子たちとの出会い。

大学院で2年間、「全体学習・みんなで語り合う人権学習」についての有効性と手法について研究論文としてまとめている最中、元板野中生から送られてきた当時の貴重な思い。

8年勤めた八万中で、唯一継続して3年間取り組むことのできた子どもが言った、「人権学習は人と関わることが好きになる学習」。

そしてどこにいても、やろうとすると湧き起こる抵抗・ブレーキ・ストップ。それとの闘い。

 

前年の鳴門市人権地域フォーラムでのHさんの発言も見てもらいました。当時を思い出してもらうためにも、現在地を知ってもらうためにも。周りに人権学習はなくなっても、人権侵害はあり続けているということを。

そしてつい先日、Hさんが、夫婦そろって退職祝いに来てくださったことも報告できました。まだまだ立ち止まってなんかいられません。

 

気に入らないことがあると、すぐにディスる現代社会。ではなくて、対話することを諦めない体験を、この若いうちにしておくことの大切さ。年を重ねてからではなかなか取り返せない体験をしていたんだということ。

最後に、辞書の話をして終えました。

辞書の初めから最後まではなかなか読めない。人を知るということは、辞書の1ペーを読むようなもの。閉じて、また別のページ。閉じて、また別のページ。人を知るということはそういうもので、それを繰り返すうちに、手あかのついたよれよれの辞書そのものを愛おしく思う。読んでないページすら愛おしく思える。それは、人そのものを愛おしく思えるようなものでないかと。スマホの検索ではそうは思えないかもしれない。そこに何があるのか。捨てられない、放っておけない、裏切れない、そういった感情が在るから、愛おしさが生まれるのではないかと。それは別に、劇として演じるとか、当事者と出会うとか、体験的に学ぶとかでもいいのですが、とにかく「人を深く知る」ということを繰り返してきたのだと。だからあのときの体験は、今につながる重要な意味があったのだと思う、と話をさせていただきました。

数学教室に改装して思うことがありました。時計がない。

買おうかなと思っていたのですが、なぜか心がブレーキをかけていました。待て!と。この日まで待て、と。

不思議なものですね。プレゼントの箱を開けると、時計でした。木製のかわいらしい手作り時計。これを以心伝心というのでしょか。それが、HPに新たに加わった時計の画像です。その時計が、新たに時を刻み始めます。

私は自分のことを、バカで良かったなーと思っています。バカででもなければ、私はここまで続けてこられなかっただろうし、退職してまでも活動を続けようとは思わなかったのではないかと思うのです。

これまで何度も挫けそうというか、挫けたときがありました。本当に何度も何度も。。。ひとりで夜中に車を走らせたり、ひとりで自転車で走ったり、ひとりで山に登ったり。。。もう何もかも放り出してどこかに行ってしまえたら、と思うことも何度もありました。人は追いやられてしまうと、逃げ場所を求めるのだと思います。そういうものです。

それでも私は時間がたつと、戻ってきてしまうのです。もと居たところに。自分の原点に。そして考えるのです。どうしてやろうか……と。(笑) 少し賢ければ、そんなふうにはならないのかもしれません。でも私はバカだから、嫌なことは忘れるんですね。そして、自分の生きる道を探り始める。何度も繰り返してるのだから、少しは学習すればいいのですが、それができない。バカで良かったなーとつくづく思います。不幸なのは、それに付き合わされる側です。災難です。本当にごめんなさい、みなさん!m(__)m

先日、知り合いの教員から連絡がありました。今は何をしてるんですか?と。何もしてないよ、と送ると、じゃあ教職員研修と子どもへの講演を!と。ありがたいことです。

今後は数学教室や人権こども塾もありますが、呼ばれれば可能な限りどこにでも、研修会や講演会に出向けたらと思います。今の教育や社会の問題点について。明かされてない差別の現実について。そして、伝え合うこと、語り合うこと、対話すること、本当の意味で人と人がつながるということ、そこから生まれる主体性が学力も上げるということ、それがいじめや不登校を限りなくゼロに近づけるということ、語り合う人権学習のもつ可能性、人間のもつ無限の可能性について。

人間とは欲な生き物です。会いたい子たちはまだまだいます。板野中後期の子たち、応神中の子たち、八万中の子たち…はまだ早いかな。でも、あの子はどうしてるかな、あの子はどうだろう、いろんな顔が思い浮かびます。

 

翌日に電話がかかってきました。この会には来られてなかった子ですが、他の仲間も呼んで飲みに行きましょう!と。また楽しみが増えました。

でもそこでは必ずと言っていいくらい、部落問題、人権問題、教育問題が激論され、みんなが秘めていた思いが語られていくのです。そして、それぞれの現在地を知り、私はまた愕然とするのです。この日も、終わりが朝4時になったのはそのためです。

 

最後に、ここに集まる子たちが、こぞって人権こども塾へのカンパを差し出してくれました。私はこの子たちにつながる子たちを創り出していきたい。そして、いつか出会わせてみたい。そう思います。

どうやら退職しても終わりではないようです。(笑)

退職について、お花を贈ってくださったまみちゃん、ちよさん、せいくん夫妻。お祝いに駆けつけてくださったひろみちゃん夫妻。また心のこもったメッセージをくださった皆さん。この場をお借りして最大のお礼を申しあげます。本当にありがとうございました。

新たなスタートであり、頑張れとムチ打たれているようなので、まだまだやります!こんなところでは立ち止まってなんかいられませんからね!

これからもどうぞよろしくお願いします!m(__)m

2026年04月08日