2月23日(日)、人権こども塾第15講として、「人形のムラ・阿波木偶箱まわし」を、徳島市国府町むつみ会館および人形のムラで開催しました。
1時半に集まった塾生(体験参加2名含む)6名と大人4名が自己紹介をし、阿波木偶箱まわし保存会会長辻本さんから、早速お話をうかがいます。
2月23日(日)、人権こども塾第15講として、「人形のムラ・阿波木偶箱まわし」を、徳島市国府町むつみ会館および人形のムラで開催しました。
1時半に集まった塾生(体験参加2名含む)6名と大人4名が自己紹介をし、阿波木偶箱まわし保存会会長辻本さんから、早速お話をうかがいます。
その昔、阿波・徳島もこの町も、経済的に裕福な町でした。
そんな昔、人々はお神様と共に生活していました。とりわけ1年の不浄を払い、福を授けてくださるお神様の遣いは、生活するうえでなくてはならない存在でした。
しかしその遣いは、なくてはならない存在でありながら、人々にはない力をもつ「特別な存在」でもありました。
戦後、高度経済成長と共に、この国の人々は、そんななくてはならなかった存在から目を背けるようになります。そして残ったのは、「特別な存在」として差別するまなざしでした。
「こんなものがあれば、子々孫々まで差別の目に遭ってしまう」
そう考えたお祖母さんは、それまで先祖代々受け継がれてきた木偶、やさしかった祖父母がまるで生きてるかのように操っていた木偶、大好きだった両親が継いできた木偶を、慈しみ家族のように大切にしてきた木偶を、我が身と一心同体のような木偶人形を、そばに流れる川にそっと流したのです。
子や孫を思い、自分と一緒にそっと流し去ったのです。
時がしばらく流れたある日、若い男女の心中事件が香川で起きます。
共に人生を歩もうとした二人が、被差別部落であることを理由に結婚を許してもらえなかったのです。
女性の家は、木偶まわしの家でした。
「このままではいけない」そんな切なくも血の滲むような思いを胸に、同和教育は進められてきました。そのなかで育った若者が、唯一の伝承者、中内さんと南さんです。同和教育がなければ、この文化も日本から消滅していたのです。同和教育・人権教育が、阿波木偶箱まわしを残したのです。
……本当にいろんなお話を辻本さんからお聞きしました。それはここに書ききれません。ぜひ皆さん、訪れて、自分の耳で直に聞いてみませんか。
2階へ移動します。
人権に関するいろんなものをたくさん展示しています。
どうやって集めたんだろう、どこに行って手に入れたんだろう。
きっといろんなところに出向き、たくさんの人の理解と協力を得て手に入れたんだろうな。
いろんな思いを巡らしてしまいます。
なかには、本の中の写真でしか見たことのない物、言葉でしか知らなかった物など、歴史的に貴重なものや珍しいものも。。。
2階最後、一番奥の部屋は資料室とでもいいましょうか、昔の物をたくさん展示した部屋です。
まあ、子どもたちが見かけたことがないような物ばかりです。
その一つ一つを問われては、頭をひねります。
飯尾(いのお)川です。
ここに木偶人形を流したと言われています。今は広々としていますが、河川工事がされる前は、この川幅の1/3ほど。もちろん護岸工事もされていなかったそうです。我が子のように大切に大切にしてきた木偶人形を手放し、川に流す、流さざるを得なかった心情は、いかばかりであったでしょう。
高地蔵です。
奥に見える堤防は、「日本三大暴れ川」と言われた四国三郎・吉野川の堤防です。現在の堤防ができる前の吉野川の流れは定まってなく、時代によってうねうねと流れを変える暴れ川でした。この辺りも洪水が押し寄せ、何度も甚大な被害を出したと言われています。そのときの洪水を示すために作られたのが、この高地蔵です。酷いときには、お地蔵さんの蓮の葉のところまで水がきたと言われています。私たち大人の頭のはるか上ですね。
しかし一方で吉野川は、上流の肥沃な養分を下流にまで届けたともいえます。それが下流一帯の、藍作など農作物の恵みともなっています。
神社の参道です。
その昔、ここで馬の競争が行われていたそうですが、その脇にある用水。このように整備されるより前、まだ親や祖父母が、ゴボウ掘りなどで日中働いていたころ。幼い子どもが何人もこの用水に流され亡くなったと言います。
地域の親たちの、子どもたちが日中安全に過ごせるところを、との願いが実現させたのが、保育所の建設だったそうです。保育所は、働く親の代わりに子どもを預かるところ。幼稚園との違いがはっきりと分かります。同和対策事業が始まる前、県内に保育所が設置される前のことです。現代では当たり前になっている施策の原点がここにありました。
そしていよいよ、「人形のムラ」。
撮影不可なのでここにはありませんが、ほんっっっとうに、煌びやか。そして壮大。公の施設でもこれだけ木偶を収蔵しているかなぁと、ビックリするぐらいの収蔵量。これが個人の収蔵というのですから、ここは本当に、貴重な貴重な資料館です。おそらくは全国から集まってくるのでしょう。
まだ「保育所」という発想がなかった時代。地域の親や祖父母の強い強い願いとして設置された保育所。時代の流れの中で廃所となり、無くなりかけていたその元保育所を買い取り、当時の人たちの思いを後世に残すとともに、修繕し、「箱まわし」文化継承の地としてよみがえらせた「人形のムラ」。
部落差別に怯える時代から、同和教育・人権教育を経て「箱まわし」が文化遺産として再評価され、日本にとって欠くべからざる、貴重な人類遺産として後世に残される時代へと変わっていったのです。そのことを、徳島市民、県民は、誇りとして胸に刻むことです。
辻本さんから紹介がありましたが、3月23日(日)、保存会の30周年記念事業として、「箱まわしのまなざし」というイベントが開催されます。徳島駅前アミコビル4階にあるシビックセンターさくらホールです。先着150人で満席予定ですので、行かれる方は早めにご来場ください。入場は無料です。(当日はとくしまマラソンの日です)
また私からも、あわせて3月16日(日)に開催される、「第12回徳島カラーフリー文化祭」のご案内もさせていただきました。いつもお世話になっているSAG徳島主催のイベントです。こちらはアスティとくしまにあるブライダルコアときわホールです。こちらも入場は無料です。
いよいよ次回は、今年度最後の人権こども塾です。プレイベントとして、当日3/20の午前10時から、参加可能な希望者で映画「橋のない川」を視聴しようと思います。塾生は昼食を用意しようと思いますので、確実にご連絡ください。
当日、3期生として卒業修了認定証を、2024年度生として記念色紙を、希望する塾生には贈呈しますので、こちらも確実に申し出ておいてください。
また、「新規4期生・2025年度生」も受付を始めています!希望者は「入塾申込書」を提出してください。すでに6名の申込書が届いています! 今回、参加者の少なかった「人形のムラ」のリベンジに、今秋、あらためて訪問できないかと考えています。申し込みをお待ちしています!